映画の中のフェラーリ
なぜか「世にも怪奇な物語」の一話「悪魔の首飾り」がどうにも見たくなりDVDを買う。実に20年ぶりの鑑賞だ。
テレンス・スタンプが夜の町を爆走するフェラーリ、275GTSを改造したものと聞いたことがあるがそうなんでしょうかね?
ともあれこれがもう何ともカッコ良くて、フロントガラスも360モデナ・バルケッタ・モンテゼーモロ風でシビれるのである。
こんな一台がもしあればね。

なぜか「世にも怪奇な物語」の一話「悪魔の首飾り」がどうにも見たくなりDVDを買う。実に20年ぶりの鑑賞だ。
テレンス・スタンプが夜の町を爆走するフェラーリ、275GTSを改造したものと聞いたことがあるがそうなんでしょうかね?
ともあれこれがもう何ともカッコ良くて、フロントガラスも360モデナ・バルケッタ・モンテゼーモロ風でシビれるのである。
こんな一台がもしあればね。

我が328の不具合、エアコン吹き出し口から熱風が出る問題は、何ということもなく完治してしまいました。やれやれ。
それはさておき本日ディズニー映画というより、かのスティーブ・ジョブスのピクサー制作による「カーズCars」を観てきたのである。
いやもう車好き・レース好きにはたまらない映画だ。
それだけでなくフェラーリ好きにもぜひ観て貰いたい。キャラクターの一人(一台?)にルイジというフェラーリ・フリークが登場するのである! あまつさえミハエル・シューマッハがF430役で出演していると来るのだ!
笑い泣きグッとくる、これはもうアメリカ人にしか作れない映画だなぁ。但し、字幕版を観ること!
実は映画館には328で行ったのだが、帰りはご機嫌でついついぶっ飛ばしてしまったのであった。
・駐車場にて本日のご同輩

相方の帰宅時間に合わせ映画を見に行くことに。ちょうどいいタイミングで上演のあった「フォーガットン」を鑑賞したのである。
最愛の息子を失って14ヶ月、いまだテリーは悲しみから抜け出せないでいた。ところがある時、息子の痕跡が次々と消えてゆく。写真やテープに息子の姿が写っていないのだ。
夫や精神科医は、初めから息子などいなかった言う。すべてテリーの幻想だと。
かつて息子のガールフレンドの父親も、自分には娘はいないと言う… 一体狂っているのはどちらだ?
ここまではどういう展開になるのだろうと、期待にフルえるミステリーであったのだが…
これ以降は申し訳ないが、ネタばらしを行いますけど、そりゃないよなという展開が待っていたのであった!
あらゆる人々の記憶から息子の痕跡が消える。それどころか物理的痕跡も失われてゆく。これはもう人間業ではない! そうなのだよ、となれば全ては宇宙人の仕業なのである!
おーい、そりゃないだろ?! いきなり伏線もなくSFなの? しかもほとんど意味無しストーリーの。唖然、呆然、慄然… 映画館のそこかしこでは失笑が聞かれたのである。
うーむ、実にトホホな映画であった。カネ返せ、と言いたくなった映画は何年ぶりだろう。
相方の気分転換を兼ねお台場まで出かける。
うーむ、これは伝え聞く「冬ソナ」と同じではないの?! そう来るかの連続。あまりに何ということのない話を、あまりに壮大なスケールで描くとは。素直にまいったと言うしかないであろう。
夜、最近見つけた近所のイタリア料理店へ。思いの外good。再見を誓う。
●本日のFerrari
目に出来ず。
あまりに政治的、プロパガンダ等々言われているが、観て納得。そりゃそうだこれは「NO MORE BUSH」映画であるわけだし。そういうことだとつまりは投票は民主党へ、投票はケリーへとならざるを得ないわけだ。
しかし情緒に強烈に訴えかける映画である。もちろん多くの人にとり、反ブッシュ、反イラクへの攻撃という意識が沸騰する。逆に言えば、逆の作りに徹すれば愛国者を鼓舞する映画ともなるわけだ。
マイケル・ムーアはそこまでも見据えた作りをしていると思う。これは単純な政治的プロパガンダ映画なのではなく、政治的誘導、プロパガンダ手法を逆説的に駆使したメタ・プロパガンダ映画なのだと。
そしてそれでも、ムーアの側に立ちたいと思う。映画の中の戦闘映像は映画ではなく、今そこにある現実だからである。
もちろんこういう見方もあるが、それはどうだろうか。
●本日のFerrari
トラックの2台前の赤い車。550 or 575Mマラネロとすれ違い遭遇。

初めてブルース・リーの「燃えよドラゴン」を観たときのような衝撃であった。一体この肉体の素晴らしさはどうだ! うーむ、人間鍛えればここまで到達するのかと、ただただ見惚れたのである。
オーソドックスな勧善懲悪物語には、シンプルなだけにカタルシスも大きいのだ。ホント近来稀にすかっとしたなぁ。
しかしムエタイって、実は完全に拳法なんだね。知らなかったのだ。
●本日のFerrari
このBlogの主題は何処に行ってしまったのだろうねw 見かけず、です。
映画の舞台と同じく、新宿は新宿武蔵野館にて鑑賞。外に出るとあたりは映画と同じ風景が広がり、未だ物語が続いているようですこぶる面白い。
しかし、これ脚本賞とははなはだ戸惑うのである。確かに言葉も通じない異国での疎外感は、旅情と相まって人を感傷的にさせるであろう。ワタシも昔、一人ロンドンに行った時は同じような気分を味わったものだ。
そう、映画としてのデキは悪くはない。だが味付けが足りないのである。日本及び日本人が、所詮は点景にしか過ぎないからだ。
ラストに流れる東京の風景は、ロマン・ポランスキーの「フランティック」のラストにおけるパリのシーンを思い起こさせる。監督の頭にあったのだろうか?
●本日のFerrari
昨日に続き、本日も明治通りにてモデナを目撃。激写!

行きつけの美容室の人に「これ、ぜひ観て下さい」と一枚のDVDを手渡されたのである。
何の先入観もなくプレイヤーにてスイッチオン。と、タイトルは「地獄甲子園」… そのあまりにトホホな世界に言葉もなく、我を忘れる。
こうして2004年5月の一日は過ぎていった。
●本日のFerrari
影も形も見出せず。
早速「KILL BILL Vol.2」を見たのである。場所は上野セントラル。これがもう今時めずらしくも場末の劇場臭100%の作りであった。とはいえ、実に映画の内容とうまくマッチして視聴環境としては申し分なし。前の席の頭がいささか気になるのは致し方なしとあきらめたのである。
さてそのVol.2であるが、池上遼一の「クライングフリーマン」ではないか、まるで! 妻に言わせると「男は過剰に母性に対して幻想を持っているのね」ということだそうで。
エルの乗るトランザムは、かつてのデイヴィッド・キャラダイン主演映画「爆走!キャノンボール」へのオマージュか---- とするとビルとバドが話すシーンの後ろに映っているのはなんなのだろう? デ・トマソ・パンテーラ? そうではないな、なんでしょうね。
The Brideの駆るカルマンギア・カブリオレも素敵だが、ワタシ的には例えばFerrari 330GTSなどという布陣であったならさらに感涙咽んだこと間違いなし。
●本日のFerrari
首都高を走るも、皆目姿を見せず。
やっとのことで「KILL BILL」のDVDを借りることができたのである。で、さっそく視聴。
うむ、なんとも天衣無縫な映画であろうか。劇画とジャパニメーションのごった煮に、マカロニウエスタンの風味を味付けしたとでもいうのか。ああ、マカロニウエスタン自体日本のちゃんばら映画の影響があるから、空中三回転ひねりが元通りとでも言おうか。
そこに梶芽衣子の「怨み節」。20数年前、学生時分に見た「女囚701号さそり」が懐かしく思い起こされるのであった。「Vol.2」も見に行かなくてはね。
さて、この話のどこにフェラーリが? 登場人物たるGOGOが問われて答えて曰く、「フェラーリなんてイタリアのクソよ」
●本日のFerrari
常磐道を出走するも本日も遭遇せず。
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